仕事ときどき女の子

仕事も女の子もがんばらなくなりましたが、豊かに生きてます。

イブ・サンローランが似合わなくなった。

イブ・サンローランが似合わなくなった。

去年の夏、妹の誕生日プレゼントにイブ・サンローランのリップをプレゼントすることにした。買いに行ったのは新宿ルミネ。ISETAN MiRROR LUMINE SHINJUKU。そこで名前刻印サービスをやっていたから。しかし刻印は2本から。派遣社員の生活は貧困状態だったけど、妹にはどうしてもイブ・サンローランを買ってあげたかった。ハタチの誕生日だもの、いいものを使う喜びを知ってほしかったという、姉のつまらない見栄。だから、迷うことなく2本買うことにした。でも、1本は自分のために買おうと決めた。

まず自分の色を選ぶことにした。せっかくイブ・サンローランのリップを買うんだから、スタンダードな色を買おう。会社にもプライベートでも使えるちょうどいい色にしよう。それで#29の「 大人のキスの血色レッド」と名の付くレッドに少しベージュがかった色をチョイスした。妹にはオレンジ系の明るい色にした。試しにつけたら合わなかったから妹に譲ることにした色だ。

妹の誕生日にプレゼントをしたら喜んでくれたけど、あげてから数ヶ月、まったくつけてくれなかった。なぜかというと、もったいないからという。こんな高価なもん、持ったことないからもったいなくて使えない、と。それはそれでいいんだが、使わないで鑑賞してるほうがもったいないんじゃない?という話をしたら、やっとつけてくれるようになった。ハタチの女の子に似合う、元気なオレンジ系のリップ。持ってる服に合わないわけがない、若さと付随する美しさを引き出す、魔法のリップ。わたしが自分に買った#29のリップも、会社でもプライベートでもよく使った。塗り心地もよくて、いつも持ち歩いてたし、箱にしまって、大事に使ってた。

しばらくして、仕事のストレスから精神的にズタボロになっていった。メイクも、洋服も、髪の毛も、気にする余裕がなくなって、#29はずっとカバンの中で眠ることになった。そうこうしてるうちに、通勤中パニック障害を引き起こして外出も出来なくて、メイクをすることすらまったくなくなってしまった。

そんな日を過ごしていたから、地元に帰ってきた。駅の周りにパチンコ屋しかない地元。カフェすらない地元。イブ・サンローランなんか売ってくれるお店がない地元。地元に帰ってきたら、病院と家の往復の生活がはじまった。はじめは変わらずメイクする余裕すらなかったけど、最近やっと、おしゃれするだけの気力が湧いてきた。

病院に行く1時間前から始める身支度。ファンデーションを塗る。アイシャドウを塗る。まゆげを整え、アイラインを引く。チークを乗せる。最後に、イブ・サンローランの#29を、塗、る。 なんか変。やけに赤く、強調されすぎる口元。口元以外のパーツの存在感を殺していて、アンバランスさが際立つ。何度も鏡を見直して、薄付きになるように調節しても、自分の顔に合わない。

鏡の中の自分を見つめて気付く。イブ・サンローランは似合わない。ここにいる自分には似合うリップじゃない。東京にいるとき、わたしは背伸びばっかりして、中身のない自分を隠し続けてばっかりいた。そんな東京での自分にはお似合いの色だったんだ。地元に帰ってきて、見栄を張る必要もない自分には、こんな派手な色は、似合わないよ。だって、もう背伸びをしなくていいんだから。

それでもたまに、#29を塗ってしまう。もう戻れない場所を、少しだけ思い出す。でも少しずつ思い出せなくなることが増えている。増えるたび、また少し#29が似合わなくなっていく。