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仕事ときどき女の子

Web系無職が外界の眩しさに憧れるブログ

歪んだ家族と、結婚。

結婚ってなんなんだろう。

昔から、結婚についていいことだと思ったことがない。母親と父親を見ていたら、とてもじゃないけど結婚なんて、人生のお終い、観念どころ、自分の保身のための儀式としか思えない。

結婚するということは、絶望的な未来のカードを増やすだけだ。おまけに子供なんか持ったら、自我を忘れてしまうくらいの狂気の愛情を注がなくてはならない。子供が手を離れたら、今度は話の通じない親のめんどうを見なくてはならない。それも赤の他人の両親も対象なのだ。いつの間にか老け込み、ストレスの発散すら他人に迷惑をかけながらでないと出来ないくらいになる始末…まあだいたいこんな人生だろう。せいぜい凡人なんてこんなもんだ。

子供の頃からそれに気付いていた。両親を見ていたら自然と分かる。家庭の全権力を放棄して殻にこもる父親と、家庭と子供を支配する母親。そのいびつなパワーバランスを保とうと、いい子で居続けるしか能がない子供。どこまでいっても、永遠に何も変わらず、いびつな形を保ったまま人生が終わっていく。どこかで何かが変わるなんて、期待はしていない。せいぜい逃げ出すくらいしか出来ない。でも逃げたって、戻る場所は変わらないのだ。家族とは、心中する以外の選択肢がないのだ。少なくとも、この家族はそうだ。

 

かつて結婚すると信じていた男がいた。でも、そういう雰囲気が周りからも当人同士からもで始めたとき、思わず否定した。結婚はまだしたくない、と。その言葉の裏には、結婚をしたら今歩んでる人生を一度終わらせなければならないという不安があった。仕事を捨てて、家庭、男との人間関係、その親戚との人間関係、うちの家族と男の家族との人間関係、ライフプラン…考えれば考えるほど、全然前向きなことを考えられなかった。この男と一緒にいたいという気持ちはもちろんあったが、それを上回る重荷によってどんどん霞んでいった。結局、その男とは別れた。

別れる前に、男の家族と集まる会などに呼ばれたが、行きたくないがために朝まで仕事したり朝まで遊んだりして、言い訳を作った。男の家族とどんどん仲良くなっていくのが苦痛だった。ずっと前から、家族団欒の場に招かれて仲良くやっているつもりではいたが、実際のところはもう逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。わたしの家族と比べて、どうしようもないくらい眩しくて、キラキラしてて、笑顔で溢れてて、誰も誰のことも咎めなくて、蹴落とそうとしてなくて、何かの茶番と疑うくらい眩しい家庭だった。そんな場にいるのがずっとつらくて、自分が惨めに思えてたまらなくなった。でも誰にも相談出来なかったし、作り笑顔を顔に貼り続けていた。

みんなの望む結婚ってこういうことなのだろうか。男の家族を見ていると結婚ってこういう空間を作るために、みんな一生懸命幸せいっぱい全力で取り掛かろうとしているのか。それを拒絶しようとしてるわたしはどうしたらいい。

 

最近、友達に子供出来たとか産まれたとか、そういう話をよく聞く。本当に嬉しいことだし、お祝いもあげて盛大に祝っているのだけど、聞くたびにみんなわたしと違う価値観の中で生きていこうとしてるんだな、と感じる。わたしの知り得ない価値観の中に身を置くんだな、どんどん仲間の囲いからはみ出していこうとしてるんだな、と。それも言い換えれば、わたしの先を行かないでくれってことなのだろうか。誰がどんな生き方をしようがわたしには関係ないし、友達の人生は尊重すべきなのは頭でわかっているけど、世間の定義が脳内に刷り込まれている部分も加味して、おいて行かないでって気持ちになってるのかもしれない。

結局のところ、わたしって結婚したいの?子供ほしいの?その問いにひとつも答えがでないままだ。でも本当は、うちの家族みたいなようにはなりたくないと切に願っているだけで、理想の家庭というものを作りたいのかもしれない。でも自信がない。うちの家族しか知らないんだもん。どうすれば回避出来るのか、わかんないんだもん。子供が出来たって、あれだけ嫌だった母親と同じ行動を取るのかもしれない。育児放棄するかもしれない。それでも、結婚したいんだろうか。

わたしは母親の洗脳を受けすぎてる。この土地にいたくないとか、この人のお墓に入りたくないとか、結婚しなきゃよかったとか、子供は嫌いとか、何度も何度も子供の頃から聞かされていた。結婚したら不幸せよと、言われてきた子供はどうなるのか。自分の未来に…幸あれ!笑

 

歪んだ家族といえばバイオハザート7よね。笑